藤原彩人〈像景化 – Figurative Landscape -〉FUJIWARA Ayato Exhibition 2025.7.3-7.27

「目の前に景色を起こし、自立する像と化す」
アトリエのある益子では、5月中旬になると田植えの季節を迎えます。水が張られた田んぼは、水鏡のように苗越しに空を映し出し、雨や風、飛び立つ鳥の動きまでも写しとります。やがて水は大地に吸収され、田は緑一面に。そして秋には稲穂が実り、黄金色の風景へと変わっていきます。
私はこうした景色をアトリエの窓から毎年眺めています。日々移ろいながらも繰り返されるその風景は、時間と空間が交差する「循環する景色」として、私自身と似た構造を持つ「像」のように立ち現れてきます。
この景色の要素から生まれたイメージを「像」とし、私と同じ地面に立つものとして空間に自立させる構造体として表現してみたいと考えました。
これまで私は、中空の人体像に焼成を伴う陶芸技法を用い、自立のための構造を加えた作品を制作してきました。それは、人体の形象と自然の風景が重なり合うような存在です。
今回の個展《像景化 ―Figurative Landscape―》では、これまで人物像の周囲に施していた板や管、球体、柔らかな形状などの構造物のみを用いて、まず像を水平方向に積み重ねるように構成しました。さらに、成形時とは異なる方向に乾燥・焼成することを想定し、90度回転させて重力の方向を変える構造を思案しながら造形しています。まるで寝ていたものが起き上がるように、あるいはこの世界に立ち上がるように、像を「立たせる」ことを意識しました。
こうして生まれた新作は、複数の時間や空間、エネルギーが調和し、一つの風景としての像/彫刻、そして私たちの存在にも通じるかたちとして立ち現れるのではないかと考えています。
2025.5.22
藤原彩人
自然と人の境 ー風景には人間が要るー
阿久津裕彦
作家の藤原彩人は、私たち人間と、私たちを取り巻く環境との関係性を常に捉え、問い続けている。人間と環境の関係にはいろいろな問題があるということは誰でも思い至ることだろう。たとえ個人的に問題を感じなくとも、日々飛び交うそれらの文言に引っかからずに生活することなどむしろ無理というものだ。
だが、藤原の態度は、そのような文字化され話されるような、できあがった問題文を投げかけるものでは、もちろんない。
藤原は、作品において人とその環境の関係性を物語る際に、風景や景色という言葉を用いて表現する。環境という言葉は乾いている。対して、風景という言葉には私たちに寄り添った湿度や温かさがある。現代的にこれを説明すれば、環境と呼ぶ周囲の事物を主体的に感受し、我が内にわき起こる感情と共に想起されるそれを風景と呼ぶのだろう。藤原は、私たちの内にわき起こるものとして、ある私的な思い出のそれとして、環境を捉えているのだ。もっと言えば、環境に人間は要らない。仮にそれを捉えるセンサーがあれば、その周囲の世界は環境と呼ばれるだろう。だが、風景には人間が要る。
つまるところ、風景とは私たち人間の内にしか存在しないものである。
その風景を藤原は捉え、私たちに見せる。それは彼を通した自然である。その風景には言葉がない。言葉は、そのルール、つまり文法を知っている者には素早く伝わるけれども、そうではない者には意味をなさない。また言語として固められたものは時代性を自ずと帯び、そして速やかに古くなる。いっぽうで風景は決して古くならない。古くなるのは、語られたものだけなのだ。
藤原の風景とは、だから、外世界すなわち自然が藤原によって内在化され、再び外在化されたものとも言える。
本展の作品は、その形象から捉えるなら、どこか機械のような印象も放っている。作家が世界の風景をそのように見ているからに相違ないのであって、そこだけをかい摘むなら、機械論的世界観という近現代的視点だと合点がいくかも知れない。だが、そうではない。そこで終わってるのではない。彼はその機械的と現代人がうそぶく構造的な世界を、自らの行為を通して確認しようとしているのだ。しかしながら、ここに置れている作品は、その答でもない。作品群はその行為の名残りであって、この文脈で呼び換えるなら、行動的思考過程の記録物である。
機械とは、ある目的を達成するための最も能率の良い機能の具現化であるから、機械的に見えるということは、そこに何らかの能率的で意図的なものを探す意図がなければならない。世界はある目的に沿って動いていると言うより、むしろ動きに目的を見出したものが世界であるよう見つめる視点がここには見出されるが、これは目的と効率を良しとする現代に生きる私たちにとっては当然の見え方である。一方で、ここに現れた像が見せる構造には、特定の目的は見出せない。ただ、そうであるかも知れないというような予感だけが構造から放たれている。何らかの予感と予感が組み上がって、それがまた別の予感を解き放つ。このように見るとき、古代の人々が人体に大きな宇宙の内在を見たように、藤原もまた、風景と人体との直接的な連関を捉えている。それは、近代科学と文明の中に生まれ、情報が溢れる21世紀を生きる人間が見る、自然世界の風景である。
“ひと”でもあって“風景”でもあるこれらは、その造形過程において設計図は用意せず、構成物はおぼろげな完成像に向かって言わば即興で組まれていくと藤原は言う。それにも増して本作を特徴立たせるものは、これらが床置きの状態で粘土部品を組み上げていき、最終的に起き上がらせるようにして立たせていることである。つまり、展覧会場で私たちの眼前を向いている作品の正面は、制作工程においては上面であったのだ。焼成前の粘土造形時には、像にかかる重力方向が最後に90度変化することを考えつつ、組み上げなければならない。
この造形過程は、私に身体のあり方を思い出させる。19世紀中葉に声高に唱えられた進化論以降、私たちの生物としてのあり方は、直立二足歩行という言葉によって、人以外の動物との差別が図られたわけだが、ここで注意すべきは、人間がかつての四足動物の姿から立ち上がった時から、身体に掛かる重力の方向は90度の変化を経験しているということである。つまり、端的に言って、私たちの腹はかつては地面を向いていたのだ。横置きにデザインされた物を立てて使うことは滅多にない。それでも立たせないわけにはいかない。直立姿勢への進化には、そういうのっぴきならぬ動機があったのかもしれない。とにかく、幸いにもその向こう見ずな試みは成功を収め、私たちはいま二つの脚で立っているのだ。こんな想いを巡らせると、この作品も私たちと同様の境遇にあるように思えて、奇妙な親近感が沸き起こる。
この私たちそのものであるような像は、グリッドに切られた直線的な台の上に乗っている。それも私たちが、人工的な風景の世界、すなわち人間界に生きるように。
自然とは何か。風景とは何か。当たり前のように言われる通り、自然的景観の上に人工的景観があるのだろうか。藤原は、このグリッドのタイルからなる直線的な台座とその上に存在する曲線的な像とは、最初から互いに必要としているものであって、どちらかだけでは成立しないものだと言う。
人間と風景、人工と自然・・。
これを聞いて、私が率直に「面白い」と言ったとき、
「まだわからないです。面白さは。」
彼はとっさにそう言った。
作家は作品に判断を下さない。藤原が作るものはもう一つの自然の風景である。
いや、彼が作るのは景色である。像化した景色だ。
私たちはこの景観を前にして、心中にわき起こる言葉に耳を傾ける。その時々で移ろい、気ままに変幻する言葉に。
阿久津裕彦 (1973生。人体解剖学と彫刻を主な領域として活動。現東京造形大学准教授)

Year :2025
Material :Glazed Ceramics, Plywood
Size : h189 x w98.5 x d78 cm

Year : 2025
Material :Glazed Ceramics, Plywood
Size : h171 x w132 xd79 cm


Year :2025
Material :Watercolor, acrylic, color pencil on kent paper
Size : h42 x w 59.4cm

Year :2025
Material :Watercolor, acrylic, color pencil on kent paper
Size : h59.4 x w42cm

Year :2025
Material :Glazed Ceramics
Size : h44 x w33 x d12.5 cm
photo by : 椎木静寧

Year :2025
Material :Glazed Ceramics
Size : h42 xw 59.4cm

Year :2025
Material :Glazed Ceramics
Size : h16.5 x w16.5 x d8 cm

Year :2025
Material :Glazed Ceramics
Size : h13.5 x w8.8 x d7.7 cm

Year :2025
Material :Glazed Ceramics
Size : h13.5 x w7.5 x d6 cm

Year:2025
Material :Glazed Ceramics
Size :h6.5 x w12.5 x d6.5 cm

Year :2025
Material :Glazed Ceramics
Size : h11.5 x w12 x d8 cm

Year :2025
Material :Glazed Ceramics
Size : h15 x w10 x d6.5 cm

Year :2025
Material :Glazed Ceramics
Size : h13 x w15 x d7.5 cm

Year :2025
Material:Glazed Ceramics
Size : h15 xw 9 x d9.5 cm

Year :2025
Material :Glazed Ceramics
Size : h15.8 x w7.5 x d5.5 cm

Year :2025
Material :Glazed Ceramics
Size : h13.5 x w7.5 x d6 cm

Year :2025
Material :Glazed Ceramics
Size : h12.5 x w11 x d5 cm

Year :2025
Material :Glazed Ceramics
Size :h13.5 x w10 x d9.5 cm


