橘田尚之〈反射光に晒されて〉KITTA Naoyuki Exhibition 2022.3.31-4.24

撮影:加藤健

タブローが基底材になる時、マネ「皇帝マクシミリアンの処刑」(マンハイム美術館)

「皇帝マクシミリアンの処刑」を複製で最初に見たのは子供の頃だと思う。銃を撃つ兵士のリズムを取っているような足だけが記憶に残っていた。長じて画家、立体作家の道に進みマネの絵を頻繁に見るようになった。

 

マネの絵に描かれた人物の多くは絵の中より絵の外に興味があるらしく、横の方を見たり、後ろを見たり、前方を見たりしている。彼、彼女達は互いに関心がないのだろうか。マネの絵を見る楽しみの一つはこの人たちが、何を考え、何を見ているかを探ることである。以上のような観点からみると「マクシミリアンの処刑」は格好の素材となった。  

この絵はメキシコの皇帝マクシミリアンが処刑された事(ナポレオンⅢはハプスブルグ家のマクシミリアンをメキシコ皇帝に擁立し傀儡政権をつくった。しかしファレス率いるメキシコ共和国軍の抵抗にあい劣勢になるとフランス軍を引き上げた。マクシミリアンは自ら残って戦いを続けたが、敗れた)に、憤りを感じたマネは、この惨事はフランスに責任があるとして描いたものと言われている。この画中の人物達は何を語るのか。この絵が持つ不自然さを手がかりにして(有名な絵なので多数の研究があると思うけれど)私なりに見たいと思う。

 

まず中央手前の二人の処刑兵、白いゲートルを履いた足が目に飛び込む。左の兵は踵が付いている。右の兵は脚を開いている。両者とも爪先が大きく開き銃を撃つには不自然な足の形だ。しかしそれらの足に沿って左回りに兵たちの足を追うと影がその隙間を埋めるので、楕円形が浮かび上がる。これはアルファベットのOとも読める。次に皇帝と将軍の足下を見る。細い影(上半身の影はどこだろう)で足が繋がっている、左の将軍の右足を起点として足と影をなぞるとNと読める。最後に画面の右端にいる士官の足下を見る。右足を起点に足、影、脛、影と視線を這わすとNと読める。足と影で書かれた文字を左から読むとNONとなる。

次に画面の右にいる俯いた士官に目をやる。銃を両手で持ち銃口は右斜め上を向いている。この銃の持ち方をウキペディアで調べてみると、現代のフランス軍の捧げつつに酷似している(19世紀のフランス軍については不明だが、軍のしきたりはそう変わらないと思う)。この士官はマクシミリアンに敬意を示し、哀悼の意を表していることになる。ということは共和国軍では無い。では、誰だろう?この士官は1867年(この絵の制作年)頃の有名なマネの肖像写真(カルジャ撮影)に髭を蓄えた顔や斜めの立ち姿が似ている。たぶん彼はマネ自身であろう。

一方、マクシミリアンに目をやると皇帝であるのにソンブレロを被って黒い質素な服を着ている。大垣貴志郎によると「マクシミリアンは普段の生活の中でメキシコ人の真似を始め、レフォルマ戦争時のメキシコ自由主義派軍のスタイル『チチコ』風の服を着ていた。鍔の広い帽子をかぶり丈の短い上着に(中略)馬に乗り着飾りもしないで外出した。マクシミリアンは自分のメキシコ人たる姿と自由を愛する精神を見せたかった。保守派の皇帝としてでなくメキシコ人のための皇帝としてやってきたことを示したかったのである」(物語 メキシコの歴史)。またマクシミリアンは捧げつつをしている士官(マネ)の方を見ている。画家はその視線を塞がないように、踵をつけた兵と脚を開いた兵の間に隙間を設けている。この隙間があることで、脚を開いた兵の小銃はその分長くなっている。他の銃と同じ長さにすればいいのにと思うけれど、たぶん銃口を揃える必要があったのだろう。

 

再度、処刑兵と皇帝マクシミリアンについて。発射された銃弾のうち、奥の背の高い兵のものは左側の将軍をのけ反らせたようだ。しかし皇帝は平然として穏やかだ。なぜだろう?この疑問は次のように描かれた事物によって解ける。皇帝は撃たれていない。皇帝は年齢より(35歳)老いて描かれ、将軍たち(35歳、47歳)は歳相応に見える。皇帝は将軍と手を握っている。将軍たちの白いシャツ姿(飾りのない皇帝の服より立派な服は着せられないのだろう)のポーズは、ハプスブルグ家の紋章の一つである双頭の鷲を想起させる。紋章の鷲はそれぞれ東と西を向いているそうだが、将軍達の一人は空を仰ぎ、もう一人は目の前の出来事を見ている。皇帝のソンブレロは前の方の鍔を上げているせいで光輪のようだ。皇帝たちの立つ地面は他より明るい。皇帝たちの上部の白い岩と木のある風景はさわやかな光で満ち、青空だ。以上の光景はまるで処刑場に別世界が出現したようだ。しかも三日月状の白い硝煙は処刑場とそこに闖入した別世界の境界となり、そのうえ皇帝たちが硝煙から頭を出しているので天界の雲のようにも見える。

 

皇帝マクシミリアンはなぜ被弾を免れているのか?皇帝と右側の将軍は壁の前、処刑兵の斜め後ろにいる(被弾した左の将軍は奥にいる背の高い兵の正面に当たる)、銃は壁と平行になっているので二人は狙いから外れている。では、手前の兵の銃の照準の先には誰がいるのだろう。マネが処刑兵を団子状にする理由は後方の兵の銃を見え難くし、銃を3挺だけ目立たせるためであろう。並列なっている3本の銃身のうち、奥の2本を手前の兵の頭が銃床の辺りで切ると、銃身は3本の線になる。これはローマ数字の Ⅲにもなる。処刑兵の視線の先の人物はこの画面には描かれていない、しかしマネがこの絵を描いた動機を考えると、ナポレオンⅢであろう。

               

                                                  2021.10/20 橘田尚之

(八色の森の美術展カタログ2021,に掲載後加筆した)

参考画像 ーマクシミリアンの処刑ー

Title  :登攀者2022
year      : 2022
Material  :酸化被膜したアルミニウム
Size      :h 290 × w240 × d218 cm

Title  :消失点からの眺め
year      : 2022
Material  :キャンバス、アクリル、
       酸化被膜したアルミニウム
Size      :h 224 × w162 cm

Title  :キャンバスからの脱走 (バラ)
year      : 2020-2022
Material  :キャンバス、アクリル、
     酸化被膜したアルミニウム
Size      :h 60.5 × w 73 cm

Title  :キャンバスからの脱走 (怒り)
year      : 2021-2022
Material  :キャンバス、紙、アクリル、
     酸化被膜したアルミニウム
Size      :h 73 × w 60.5 cm

Title  :ハッチングの自立
year      : 2022
Material  :キャンバス、アクリル、鉛筆
        酸化被膜したアルミニウム
Size      :h 25  × w 19 cm